仏教の開祖☆お釈迦さまが出家した理由を簡単に教えるよー




やあ、天狗堂です!!!!

突然ですけど「お釈迦さまが出家した理由」ってご存知ですか?

釈迦(本名ガウタマ・シッダールタ)は古代インドのシャカ族の王子として生まれました。ですから大変恵まれた環境だったにも関わらず、地位も何もかもを捨てて修行者の道を選ぶことになるのです。

いったい若き日のお釈迦さまに何があったのでしょうか?

そこには動機と原因がかならずあるはずです。ここでは「四門出遊」という説話を切り口に、お釈迦さまの出家の謎に迫っていきます。

お釈迦様の誕生と時代背景

釈尊が生まれた当時のインドはゆるやかな発展期にあたりました。人々は都市をつくり人間の内面について思考をこらすようになっていきます。お釈迦様の生誕した時代を僧侶が本気で解説してみるでは、こうした古代インドの事情とお釈迦さまの誕生について解説しています。 

お釈迦さまはどうして出家したの?

前回の記事お釈迦様の生誕した時代を僧侶が本気で解説してみるの最後に、

「生まれたばかりのお釈迦さまのもとへアシタ仙人という行者が予言を伝えに来た」

という話を述べました。アシタ仙人いわく、

「この子の将来は世界を統べる帝王になるか、あるいは悟りを開いた覚者(ブッダ)になるか、その二択だ」

と予言するのです。

お釈迦さまの父親(シュッドーダナ王)はこの話を聞いて困惑します。それも当然、お釈迦さまは大事なお世継ぎなのですから!!

王様の考えた「さいきょうの教育方針」

そこで王様は考えました。

「人が出家するのはなぜか? おそらく世をはかなんでのことに違いない。

ならば、そんなことが起こらないよう楽しいもの、美しいものだけを見せて育てればいいのだ!!」

これは極端な・・・どう考えてもうまくいきそうにありませんよね!!

こうしてお釈迦さまは宮殿の奥深くで、蝶よ花よと育てられることになったのです。

王様の方針により欲しがるものはなんでも与えられ、きれいなものや心地よいものしか目にせずに育てられた王子様。

その甲斐あってお釈迦さまは、世間知らずでおっとりとした子供に育ちます。しかしここで王様は問題点に気がつきます。

お釈迦様、世間を知るため外に出る。

「このままじゃ国を治められない!!!!」

ようやくそのことに気がついた王様。たしかに宮殿の外の世界を知らないままでは国を治めるなんて不可能ですよね。

しかもシャカ族の王国は、周囲をぐるっと大国に囲まれた小さな国。うかうかしていたら簡単に滅ぼされてしまいます。

「さすがにこれはまずい・・・しかたない。世間を知るのも大切だ」

こう考えた王様は、息子に生まれてはじめての外出許可を与えたのでした。

お釈迦様、生まれてはじめて老人に出会う

「外にでかけてもよいのですか!」

これを聞いたお釈迦さまはさっそく家来をつれて支度を整えました。

四つある門の一つをくぐったお釈迦さまは・・・・・・そこで生まれて初めて外の世界を目にします。

四つの門とヴァーストゥ

さて、こちらはカンボジアのヒンドゥー教遺跡「アンコール・ワット」を上空から撮影したものです。

これを見てわかる通り、正方形の建築に四つの出入り口があるのがわかりますよね?

インド伝統の風水・方位学である「ヴァーストゥ」では、もっとも良い建築は正方形であり、東西南北に役割を持たせるのが理想とされています。

こうした思想はインド文化の伝播にともない、東南アジアや東アジアへ伝わりました。

仏教で用いられる壇(儀式を行うための机)にも、このヴァーストゥの影響が見て取れます。

お釈迦さまが出会った人物とは?

さて、門を出たお釈迦さまはそこである人物を目にします。

その人物はこれまでに見たこともないような風体をしていました。

肌には皺が寄り、腰はぐんにゃりと曲がって、とても辛そうな様子で道を歩いていたのです。

お釈迦さまは思わず「あれは何なのだ?」と家来に聞きました。

すると家来いわく「あれは老人です。人は歳をとるとみなあのようになるのです!」と答えました。

老人を始めてみたお釈迦様、老いることに衝撃をうける

そう、お釈迦さまはこれまで老人を見たことがなかったのです。要するに彼は究極の世間知らずに育ってしまったのですね。

そこではじめて「人は老いる」という事実を知ったお釈迦さまはとてもショックをうけました。

というのも、彼はこれまで何かを欲しいと願ってかなわなかったことはなかったのです。

ですが、どんな高貴な身分であれ、たぐいまれな善人であれ、自分の行いや意志とは無関係にあの恐ろしい「老い」はやってくるらしいのです。

お釈迦さまはその事実に意気消沈してしまい、外を見て回る元気もなくしてしまいました。

お釈迦様、ふたたび外出するも今度は病人と出会う

数日の間王宮に引きこもっていたお釈迦さまですが、しかし好奇心に蓋はできぬもの。

再び外に出てみるかと思い立ったお釈迦さまは、この前とは違う門を使って外出しました。

ところが出発してすぐ、彼はまた不思議な人物を目にしてしまいます。

老人ではない、しかし奇妙な人物

今回出会ったのは自分と同じような若者でした。が、どう見ても様子がおかしいのです。

老人でもないのに元気がなく、やせ細っているのに腹はぽっこりと膨れ、青白い顔をして今にも倒れそうなのです。

お釈迦さまは疑問に思い「あれは何者だ?」と訊ねました。

すると家来は「あれは病人であります。人は誰しも、ある日突然病気にかかることがあるのです!」と答えました。

人は病気で苦しむことを知ったお釈迦様

これにショックをうけたお釈迦さまは(以下同)

繊細過ぎるのも困ったものですが、しかしお釈迦さまはそれ以来すっかりふさぎ込み、口数も少なくなってしまいました。

すると王様や周囲の人々はこれを不思議がり、「きっと出かける方角が悪かったんだ!」と解釈しお釈迦さまを慰めました。

方角はなぜ大切?

ちょっと意味不明かとも思いますが、ここにもヴァーストゥインド占星術(ジョーティシュ)の影響があります。

そもそも古代インドの哲学的な概念「カルマ」によると、人の運命はあらかじめほぼ決定されている、と考えます。これがいわゆる「宿命」です。

ですが人生が宿命によって完全に支配されているわけではありません。

宿命による悪い出来事を避けるため、古代インドの人々はヴァーストゥやジョーティシュの知恵を大切にしてきました。それゆえに出かける日時や方向が重要だと考えられていたのです。

カルマについては人生と運命を占う!ゼロから学ぶインド占星術の歴史と宿命をご覧ください。

またもや気を取り直したお釈迦さま、決定的に打ちのめされる

なぜか外に出かけては意気消沈して引き返してくる息子を見たシュッドーダナ王は、

「これ、息子や。きっと面白いものが見つかるから別の門から出かけておいで」

とお釈迦さまに外出を促しました。

「外に出かけたところで何になるのだ・・・」

とことんネガティブな気持ちになっていたお釈迦さまですが、しかし他ならぬ父親の言葉です。

どうにか気持ちに整理をつけて、いざ別の門から外出したお釈迦さまでしたが、しかしここでもまた大変なものを目にしてしまいます。

お釈迦さまが出会ったのは、先頭に旗を立てて進む不思議な行列でした。列の中には涙を流して歩く人々もいます。

いったいあれは何なのか? 不思議に思ったお釈迦さまは家来に訊ねます。

「王子、あれは死者を送る葬列です。人みな、いつかは死んでしまうのです!」

お釈迦様、ついに「死」を知ってしまう

「死とはなんだ?」

お釈迦さまは最初、死というものが何なのかさっぱりわかりませんでした。

ですが、家来の説明を聞くうちにお釈迦さまの顔はだんだんと蒼ざめていきました。そしてついには城に引き返し、自分の部屋に引きこもってしまったのです。

ここで彼は「人生には終わりが来る。どんなに幸せな人生も、豊かな生活も、死からは逃れられない」ことを知ったのです。

いつか死んでしまうなら、すべては虚しい

部屋に閉じこもったお釈迦さまはひとり考えていました。

――どんな金銀財宝に囲まれて楽しく暮らそうとも、いずれ老い、病み、死んでしまうならすべては虚しい――

今までが楽しく、美しいものばかりに囲まれて育ったため、現実との落差に追い詰められてしまったのです。

――たとえどんな名誉や地位を手にしたとしても、それが人間の一生という一時だけのものであるなら努力する意味がない――

こうしてお釈迦さまは苦悩のどん底に陥ってしまいました。

みんな、死ぬことを忘れて生きている

「人間は死ぬために生まれてくる」というのは、ある意味本質を突いています。誰しも老病死は避けられないのですから。

そして、たいていの人間は「そんなことは一時的に忘れて」愉快に暮らそうと努力します。

ですが古代インドには「それでは嫌だ。自分はこの『人生は苦しい。人間はみな死ぬ』という命題を解決したいのだ」と考える人々がいました。

彼らのことを修行者、あるいは苦行者と呼びます。

お釈迦様、修行者に出会う

さて、老病死を知ることで人の宿命に直面したお釈迦さまは、王宮の奥に引きこもってしまいました。

これに困った王様や周りの人々は「きっと外に出れば素晴らしいものに出会うよ」とお釈迦さまを励まし、外に出ることを促します。

そんな気になれないお釈迦さまですが、しかしとうとう根負けして「では、もう一度外に出てみるか・・・・・・」という気持ちになります。

「しかたない。しかし外の世界など知った所で何になるのか・・・・・・」

鬱々とした気分のまま、四つある門の最後の一つから出発したお釈迦さまは、そこで生涯を左右する重要なものを目にします。

みすぼらしくも不思議で、悠然とした人物

そこで目にした人物は――ぼさぼさに伸びきった髪と髭。肌はほこりまみれで粗末な布を一枚体に巻き、裸足で歩くみすぼらしい人物でした。

これまで、お釈迦さまはこのような人物を目にしたことはありませんでした。

ところがその人物、風体はみすぼらしいのに表情は穏やかであり、悠然としています。

まるで「貧しさなど我が身に関係なし」といった雰囲気で、超然とお釈迦さまの目の前を通り過ぎていったのです。

貧しさや豊かさという価値から抜け出た修行者

「あれは何者か?」とお釈迦さまは家来に訊ねます。すると家来は、

「あの方は修行者です」

と答えたのでした。

「修行者とは何だ?」

「彼らは自らに苦行を科すことで真理をつかもうとする人々です。老いや病、死の苦しみから抜け出す方法を探っているのです」

「なるほど。しかしあのような貧しい身なりで、彼らは惨めではないのか?」

「それは正反対ですよ、王子様。彼らは自ら進んで執着を手放しているのです。

奢侈な衣服や住居、美しい財宝は、生への執着をますます強くします。

それをあえて手放すことで、穏やかな心で修行に打ち込むことができるのです」

「なんと、そんな考え方があるのか!」

この説明にお釈迦さまは強く心を打たれました。

虚無感から目覚めるお釈迦様

なるほど、どんなに美しいもの、楽しいものに囲まれていようとも、やがて老病死はやってくる。

すべてのものに終わりがあるなら、人生に目標が見つけられないなら、自分はなんのために生を受けたのか。

お釈迦さまの心はそんな虚無感に満ちていたのです。

しかし、それとは違う生き方があるのだ!

この事実はお釈迦さまの胸を強く打ちました。

四門出遊は実際にあったこと!?

とまあ、以上が「四門出遊」という説話です。

読んでいて思われた方もいるかもしれませんが、実際こんな話はできすぎですよね。

この「四門出遊」という話は後世につくられた寓話です。まずそこははっきりさせておきましょう。

仏教のエッセンスを詰め込んだ話

ですがこの説話の中には、仏教の大切な原理がうまく詰め込まれているのも確かです。

仏教ではこのように「人はいつか老い、病み、そして死んでしまう」という考え方を基本とします。

これを「無常」というのですが、ようするに「永遠なるものはない。形あるものはいつか終わる」という意味があります。

こうしたある意味ネガティブな発想が仏教の根底にあり、そこからどう離れるか?が出発点となります。

実際にあった歴史上のお釈迦さまも、おそらくはこうした無常を感じて出家の道に進んだのは間違いないところでしょう。

ということでこの話はお終いっ!!

次回は「お釈迦さまが出家し、修行者の先生を探す」お話です。ここでお釈迦さまは瞑想に出会い、意識をコントロールする術を身につけることになります。

ではでは~

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