お釈迦さまは何を考えていた?仏教の悟りの真実に迫る!




やあ、天狗堂です。

前回の苦行への挑戦と放棄。お釈迦さまは修行中なにをしていたの?では、

・お釈迦さまが先生のもとを離れる

・独力で悟りを得るため苦行三昧に入る

・苦行に疑問を感じる

所までを見ていきました。

今回はその続きになりますが・・・さて、ここで一つ疑問です。

お釈迦さまはこの苦しい修行期間にいったい何を考えていたのでしょう?

・なぜ「苦行では悟りを得られない」と諦めたのか?

・そもそも苦行でさとりに至るとはどういう理屈なのか?

・その後どうして「いったんは諦めた瞑想」に戻ったのか?

・お釈迦さまは新たに何をめざそうとしたのか?

このあたりのお釈迦さまの心境は、通り一遍な説明では見えてきません。

ですが彼は超常的な力に導かれたわけではなく、彼なりに納得できる確かな論理で動いていたはずなのです。

なぜならばお釈迦さまはその後「私の悟った境地は(難しいにせよ)誰でも再現可能なものだ」として、各地に教えを説いて回っているからです。

これが神通力や霊感に頼った悟りならば、もっと別の教え、別タイプの宗教となっていたはずです。

宗教の様々なタイプ

一口に宗教といってもそのスタイルは様々です。たとえば、

・絶対的な神の存在を前提に、その言葉に従うことで恩寵を得られる宗教

・神霊・聖霊といった超常的な存在を前提に、怖れ、敬い、時にはなだめすかしたり脅すなどして利益を得る宗教

・・・などがあります。ところが仏教はどちらにも該当しません。

仏教では「自分と法(ダルマ)に従い修行を続けることで、教主と同じ境地(解脱・涅槃)に至れる」と考えます。

こうした理由からお釈迦さまのことを「主」とは呼ばず「師」と呼ぶのです。

ということで、ここでは「お釈迦さまが成道=悟りに至るまでの思考過程」を、どなたにもわかりやすく説明していきます。

1:お釈迦さまの悟りとは「欲望から離れる」ことだった

まずはここから見ていきましょう。

上にあるように悟りとは「欲望を無くすのではなく、欲望から離れる」ことだとまず定義します。

考えてみてください。食事や睡眠、呼吸や会話など「生きることに必要なもの」これもまた欲望だと言えますよね?

これらは欲でもありますが「生き生きとした活力」でもあるわけです。これが無くなれば「無気力な人形」となってしまいます。

当然ですが仏教が目指すのはそのような人間像ではありません。

欲望は生きる力の源でもある

例えばお釈迦さまは、離れた場所に暮らす弟子のもとを訪れた際「ちゃんと食べているか? よく眠れているか?」と訊ねたそうです。

適切なレベルで食欲や睡眠欲がある。これは肉体的にも精神的にも健康な証拠です。

逆にメンタルが悪化すれば「食べられない…」「眠れない…」となりますよね?

そうした状態が長引けば、それは「うつ病」などと呼ばれる症状となるわけです。

ですから「ちゃんとした欲望」みたいなものは修行中の僧侶であっても欠かせないわけです。

鬱病がひどくなると・・・

このように心因性の病気というのは単なる「気のせい」「思いこみ」ではありません。

私たちの脳が実際に「生きるために必要なこと」を拒否している状態であると言えるでしょう。

成道=悟り=ブッダになるとは「欲望が想起するプロセスを完全に掴み、それに左右されなくなる」こと

ですからお釈迦さまもまた「欲望を全て滅した」わけではない、ということができます。

お釈迦さまが悟りを開く直前「乳粥(にゅうひ)」を食べたのは有名ですが、成道の直後には「ドーナツのシロップ漬け」のようなものを口にしています。

出典:激甘!インドのドーナツが世界一甘い dailyportalZ

このようにお釈迦さまもまた「ものを食べ」「他人と同じように眠り」「苦痛を感じる」生身の身体だったわけです。

それではお釈迦さまはいったい何を掴んだのでしょうか?

「欲望」を切り口に定義すると、悟りとは

・「欲望が湧き上がるプロセスを完全に掴んだ」状態であり

・それゆえに「欲望によって感情を乱されない=苦しみが生じない」境地

・・・という言い方ができるかと思います。

2:瞑想と苦行はなぜダメだったのか?

しかしお釈迦さまはどうしてこういう考えに至ったのでしょうか? これを出家直後からの流れを辿ることで見ていきます。

まずそれまでの身分を捨てたお釈迦さまは、修行者の先生となる人物から「瞑想」を教わります。

この時教わったのは「意識や思想を停止させる」瞑想です。これを仏教では「止観」と呼んでいます。

三人の先生はそれぞれ異なった境地を目指していましたが、そのどれもが意識のレベルを下げることを基本としていました。

お釈迦さまもまたそうした瞑想に熟達することで「思考が発生しないから欲望の起こらない」状態を経験します。

例えるなら車のエンジンが停止しているから、排気ガスも出てこない状態ですね。でもこれでは車は走りません。

お釈迦さまもこの点に気がつきました。すなわち瞑想から離れるとまた欲望=苦しみが戻ってきてしまうのです。

「これでは本当の問題解決とはいえない」とお釈迦さまは考え、だからこそ先生方のもとを去ったわけです。

名誉や豊かさを捨てても「生きるための欲望」がすさまじい力で押し寄せる

さて、独力で悟りを掴むと決心したお釈迦さまは苦行三昧に入ります。

苦行とは自らの身を痛めつけることで欲望を断ち切ろうとする修行法です。

お釈迦さまもまた「この世でこれほどの苦痛を受けた人間は他にいないだろう」というレベルの激しい苦行を行いましたが、しかしそれでもまだ欲望を完全に絶ち切ることは叶いませんでした。

それどころか自らを痛めつければ痛めつけるほど「生きるための生存欲」が増大してしまうのです。

「なぜ苦行をすればするほど、眠りたい、食べたい、楽したいという煩悩が湧き上がるのか?」

自分の意思とは無関係に湧き上がるこの煩悩の正体が掴めず、お釈迦様はさらに苦行を重ねていきました。

あまりの苦しみにふと「この方法は間違っているのではないか?」と疑問に思う

しかしいくら肉体を傷めつけようとも、影のようにちらつく渇望、執着は消えることはありません。

このまま苦行を続ければ身も心もボロボロになってしまう。それは平穏とはほど遠い境地だ…。

お釈迦さまはこの時「ひょっとして苦行という方法論が間違いだったのでは?」と直感します。

「たしかに苦行者の基本は苦行にある。けれどそれが悟りに至る正しい道なのか…?」

おそらくですが、お釈迦さまはこの時「さとりに至るプロセス」を直観的にひらめいたのでは?と推測します。

五人の仲間に裏切者と呼ばれる

当時、お釈迦さまは五人の苦行者仲間たちと修行を行っていました。

ところがある日お釈迦さまは「私は苦行を止める」と言いだします。六年もの間ともに苦しい行に耐えてきた仲間たちは、

「あいつはついに悟りを諦めた。元の豊かな暮らしが恋しくなったのだ」

とお釈迦さまを裏切者と呼びますが、お釈迦さまは何も言い返しませんでした。

この時、お釈迦さまの中にはさとりに至るアイディアがあったはずです。しかし、

「この方法が本当に正しい道なのか?実際にやってみなければわからない」

と考えていたために、それを仲間内にも示せなかったものだと思われます。

その後、悟りを開いたお釈迦さまが最初に出会い自分の得た考えを説いたのもこの五人です。

最初は軽蔑しきっていた仲間たちでしたが、話を聞くうちにお釈迦さまの教えを理解し、これを受け入れます。

最終的に五人全員が教えを理解したこの最初の説法のことを「初転法輪」と呼びます。

3:そもそも欲望とはなにか?それを滅することが悟りなのか?

ここで当時の修行者たちの一般的な理解を見ていきましょう。

インド哲学では基本的に「欲望⇒行い⇒執着⇒苦しみ」と考えていました。

欲をもって行動するからそこに執着する。しかしそれが叶わない、永遠ではないと考えることで苦しみが生じるわけです。

たとえばどんな高価な花瓶や茶碗もいつかは割れて土にかえるものですよね? しかしそれをずっと壊れぬものと考えるから苦しみが生じるわけです。

・・・ということは「欲望をなくせば苦は生じない」ともいえるんじゃないでしょうか!?

これが修行者たちが苦行を行う理屈となります。

苦行による欲望の断滅。しかしだるま落としのように最後の欲望が残る。

そこで瞑想や苦行によって欲望を無くし、魂のレベルを高めようとする発想が生まれました。

欲望については「マズローの欲求5段階説」がいろんな所で紹介されていますね。

あれは一つ一つ欲求を積み重ねて自己実現に至るとする考えですが、苦行の場合はその逆のプロセスをたどります。

つまり名誉や名声を捨て、心安らぐ家を離れ、財産や持ち物を手放すことで欲を無くす・・・という発想です。

例えるなら…「だるま落とし」のようなものでしょうか。

欲望をコンコンと打ち抜いていくことで苦しみを無くすということですが…さて。

そう、最後に残るのは「生きるために必要な生存欲」そのものです。これを無くしてしまえば人はどうなってしまうのでしょうか?

生存欲は滅ぼせない。滅ぼせば廃人となってしまう。

苦行により上位の欲求・欲望から離れることができたとしましょう。しかし「最後に残った生存欲」はますます強大化してしまうのです。

しかもこれは自分で意識することも制御することもできません。

なぜならば生存欲はつまり「生物が持つ必然的な防御反応」だからです。

自分の意思で身体を痛めつける。すると無意識が「もっと休まないと死んでしまうよ!」と防御反応を示す。

命ある限り当然の結果だと言えるでしょう。

ペルソナ5と生存欲

この欲望を面白い観点から扱ったゲームが『ペルソナ5』です。

ゲーム内で主人公たちは「悪人の欲望の世界」にアクセスする能力を手に入れます。

主人公らはその力を使い悪人を改心させようとするのですが・・・しかし「欲望に完全なとどめを刺してしまえば、その人物は廃人となってしまう」という設定です。

欲求の中には生存に必要不可欠なものもある、という構造がうまく表現されていますね。

4:無意識の欲望にアクセスするためには

お釈迦さまはこの時点で、

「これまでいっぱい苦行してきた。努力して『欲望無くすべし』と意識してきた。

でも完全に欲を断ち切ることができない。それはなぜか?

おそらく人の意識の裏には『意識することも制御することもできない領域』があり、それが邪魔をしているのだ」

と考えていたはずです。

それに気がついたとき、彼の中に「悟りへ至るプロセス」が生まれたのでしょう。

先生から習った瞑想により「無意識の内部を観察する」ことを思いつく

しかし「意識することも制御することもできない領域」をどう察すればいいのでしょうか?

そこでお釈迦さまが用いた方法が「瞑想」です。けれどもそこは一度通った道。

そもそも先生方から習った「止観」的な瞑想では、意識のはたらきを止めることはできても無意識の領域を解き明かすことはできません。

そこでお釈迦さまは、

「瞑想によって意識を完全に止めることは可能だ…。ならば意識を半分残したまま、そこから自分の無意識を観察することは可能ではないのか?」

という発想に至ります。

この意識を半分残して『観る』という瞑想法こそ仏教独自の「内観」です。

新しいタイプの瞑想=内観により「無意識と欲望の仕組み」を理解すれば苦しみから解き放たれる

こうして新たな方法を考案したわけですが、しかしお釈迦さまはこの内観によって何を捉えようとしたのでしょうか?

広く言えばそれは「無意識の領域全体の把握」ですが、その中でも重視したのが「欲望の湧き上がるその瞬間」を捉えることです。

「欲望もどこかに必ず『発生する瞬間』というものがあるはず…。

ならばそれを『現象』として完全に理解することが可能なのではないか?」

とお釈迦さまは考えます。つまり、

「現象を理解しつくすことによってこそ、欲望が煩悩となり苦しみを生む構造を解体できる」

と考えたわけです。

たとえば雷は大気の摩擦が起こす電流によるものです。それを理解すれば「怨霊の祟りだ!!」と恐れることはなくなりますよね?

このようにお釈迦さまは「欲望を完全に絶つ」のではなく「それを理解し煩悩につなげない」ことが重要だとひらめいたのです。

5:すべてを解き明かすため菩提樹の下に座る

さあ、新しい道が開けました。

お釈迦さまは自分の直観したアイディアを確かめることにします。

とはいえ無意識全体を把握するためには途方もない集中力が必要。まずは苦行で落ちた体力を回復しなければなりません。

とりあえず身体を清潔にしようと近くの川で水浴びをします。その川は尼連禅河(にれんぜんが)と呼ばれ、現在もインド・ブッダガヤの北東部を流れています。

スジャータさんの乳粥

身を清めた後、お釈迦さまは涼しい木陰に座り体力の回復を図りました。

ちょうどその時通りかかったのが、樹木への神様の捧げものを手にしたスジャータという村娘です。

スジャータは彼の姿に心打たれ「これを召し上がってください」と乳粥(にゅうひ)を差し出します。

スジャータさんの乳粥

乳粥とはお米を牛のミルクで煮込んだものを指します。・・・と聞くと日本人的には「えっ、なんかマズそう・・・」と思いがちですが、ところがどっこい。世界各地にこうしたデザートがあるんですよ。

写真はインドのキール(kheer)と呼ばれるデザート。ナッツやスパイスも入った甘いお粥で、主に冷やして食べるそうです。

他にもシナモンやジャムを入れたドイツのミルヒライス、レモンの風味をつけたスペインのアロス・コン・レチェなど世界各地で親しまれている料理があります。

お釈迦さまはその乳粥をもらい受け、

「なるほど、きちんとした食事をとることはこんなにも『生き生きとした活力』を与えてくれるものだったのか。

やはり『適切な形で欲を満たす』ことが命あるものにとって必須なのだ」

と確信を深めます。

菩提樹の下=金剛宝座に座る

さあ、体調は整いました。

お釈迦さまはとある一際大きな樹を見つけ、近くにいた農民からクッション代わりの草をもらいます。

吉祥草のクッション

お釈迦さまが敷いた草は吉祥草と呼ばれています。

もともと古代インドではこの吉祥草を儀式の祭場に散らす風習がありました。

お寺で法要の際に使う座布団のことを「草座(そうざ)」と言い、四隅に糸が垂らしてあるのが特徴ですが、これもまたお釈迦さまが吉祥草を足元に敷いたという故事から来ています。

お釈迦さまは樹の下に座り、静かに瞑想に入ります。

この樹のことを「菩提樹」、そしてお釈迦さまが座っていた場所は「金剛宝座」と呼ばれ、今でもインドのブッダガヤにて信仰を集めています。

さあ、いよいよ成道=智慧の完成です。この後お釈迦さまは苦しみを生む構造を理解しつくし、「目覚めた人=ブッダ」となるのです。

・・・ということでお話はこれで終わりっ!!

次回はお釈迦さまの目覚めと「梵天勘定」についてお話しします。

ではでは~







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