仏教の世界観は「一切は苦しみ」。その理由を説明します




やあ、天狗堂です。

前回の仏教の目標っていったい何なの?~解脱・涅槃・悟りの智慧では、

・仏教の目標は「絶対的な平穏の境地」である

・その最終目標は「解脱」「涅槃」「悟りの智慧の獲得」

…だと解説しました。

今回はその続きになりますが、

・悟るとはいったいなんなのか?

・なぜ仏教では「悟り」を重視するのか?

について見ていきます。それでは行ってみましょう(*´▽`*)

何を悟るのか? 法と縁起、そして空。

そもそも悟るって一体何なんでしょうね?悟りの智慧ってのは具体的にどういう状態をさすのでしょう?

お釈迦様の言葉によれば、それは法(ダルマ)と呼ばれる普遍的な真理だと言います。

法(ダルマ)とは神様や仏様が作ったわけではない、元からそこにあった一種の法則性のようなものです。

地球に重力があるのは誰かが定めたからではありませんよね?それと同じようにお釈迦さまもまたこの普遍的な真理を「発見」したのだと述べています。

そしてこの真理に気づき、理解することこそ「悟りの智慧」と呼ばれるものです。

ではこの真理とは具体的にはどういうものを指すのでしょう?

それは仏教用語で「縁起」と呼ばれる法則性への理解です。これがまさに仏教の中核をなす重要な哲学です。

そしてこの縁起の法則性や理論を一言に凝縮すると「空(くう)」ということになります。

仏ってどんな存在?

この法(ダルマ)を完全に理解した存在が仏(ブッダ)です。

ブッダとは「真理を悟った人」「目覚めた人」という意味で、覚者とも呼ばれます。

ですから仏様とは固有名詞ではなく、真理を悟った人は誰でも仏様と呼ばれるわけです。

ですので仏様は、たとえばキリスト教の神様とはまったく異なるものです。元からそうした存在だったわけではなく、この世を創造したわけでもありません。

そんなわけで仏教はその他の宗教とはかなり異なる発想をしていると言えるでしょう。拝む分には礼拝の対象が違うだけのように見えますが、そのバックグラウンドで働いている思想は根本からして違うのです。

なぜ悟りや解脱、涅槃を目指すんだろう?

しかしなぜ仏教はこうした悟りを目指すのでしょうか?その鍵となるのが「苦」です。

仏教の根底には「この世は苦である」という考え方があります。

この苦から離れるために、さて、ではどうしたらいいんだろう?と考えることから仏教は始まったのです。

この世界は苦である

仏教では「人生は苦である」と現実を認識することが大前提ですが、しかしこれは何も消極的な意味ではありません。

現代医学の進歩は病気という苦をどうにかしようとして発展してきた歴史があります。

また、各種機械は肉体を酷使する重い苦役を和らげようとして進歩を遂げてきました。

このように、苦は文明を発展させるポジティブな側面もあることに注意しなければなりません。

そして仏教はこうした苦しみを主に精神面から解決しようとしたものだと言えます。

現実は楽ばかりであると考えるのは、逆に現実から逃避し問題点を直視しない立場だとすることもできるでしょう。

仏教は不条理と苦しみに満ちた世界を直視し、「ではこれをどうするか?」についてポジティブに考える宗教でもあるのです。

死は楽ではない

さて、「人生は苦である」と考えるならば死は安らぎであり死後の世界は楽である…という発想に流れがちですが、しかし仏教ではこれを邪見(間違ったものの見方)だとしています。

「死苦」という言葉がある通り、死というのは人間にとって避けたいもの、苦しみに他なりません。

ですから仏教では死を賛美したり美化することを厳しく戒めています。それによって人が死ぬならばそれは殺人と同等であるとまで述べているのです。

しかも仏教の世界観の中心には輪廻が置かれています。

我々は一度死ねばそれで終わりではなく、次にまた生まれ変わり、また死に生まれる…これを繰り返すと考えられているのです。

だから死んで楽になることはない、それどころか輪廻し続けることそのものが苦しみである…としたわけです。

輪廻から抜け出す

ではこうした苦しみをどう解決すればいいのか――?

永遠に続く輪廻の苦しみを解決するには、輪廻の輪から抜け出すほかはありません。これが解脱であり、その脱した境地を涅槃といいます。

そこで輪廻の原動力となる根本的な要因を完全に断ち切り、二度と苦しみを生じさせないために「悟りの智慧」が必要になるわけです。

今回のまとめ

では今回のポイントをまとめましょう。

・悟りの智慧とは法(ダルマ)という真理を理解すること→法(ダルマ)とは「縁起」に基づく法則性のこと

・これを一言で言い表すと「空」となる

・仏(ブッダ)はこの真理に目覚めた人

・なぜこの真理を目指すのかといえば「この世が苦に他ならない」から→仏教はこの苦しみに満ちた世界を直視し、ポジティブに解決策を模索する思想である

・輪廻によって繰り返される世界では「死」は安らぎにならず、賛美することもできない。

・そこで輪廻そのものから抜け出すことが唯一の解決策であると考える

…ということになります。

一見するとネガティブにも感じられる「人生は苦である」という発想は、実は極めて現実的で、ある種のポジティブさを含んだものだと言えるでしょう。

さて、次回は一切皆苦で四苦八苦!仏教における苦の分類とは?と題しまして、この苦しみについてもう少し詳しく解説します。

というわけで今回はここまで。ではでは~(*´▽`*)

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