苦行への挑戦と放棄。お釈迦さまは修行中なにをしていたの?




やあ、天狗堂です。

 

 

「インドの仙人」と聞いてどんな姿をイメージしますか?

インドでは現代にも俗世を離れ、着の身着のままで修行に打ち込む人々がいます。

若き日のお釈迦さまもまた、自らの苦しみを捨てるためこうした生活を送りました。

さて、今回は「お釈迦さまはどんな理由からこうした修行を行っていたのか?」について見ていきます。

ここを押さえることで、釈尊が目指した方向性や独創性が見えてくるはずです。

ということでまずはインドの仙人こと「サドゥー」を切り口に、修行法の一種「苦行」とは何かを見ていきましょう。

釈尊、瞑想の先生に弟子入りする

出家した直後のお釈迦様が求めたのは、修行者の基礎を教えてくれる先生でした。お釈迦さまは高名な先生方に弟子入りし、「瞑想」の基礎を学びますが「私の苦しみはこの方法では消えない」と感じ先生方のもとを去っていきます。

お釈迦さまの出家と先生ではこのあたりのことを詳しく解説しています。あわせてお読みください。

瞑想と苦行。修行者サドゥーのあり方とは!?

先生方の方法に飽き足らず、独力で悟りを得ることを決意したお釈迦様。

その彼が選んだ方法は「苦行」によって自らの身体を痛めつけるものでした。

しかし、肉体を傷めつけることがなぜ、精神的な境地につながると考えたのでしょうか?

お釈迦さまはこの方法で、本当に悟りの智慧を得ることができたのでしょうか?

それを理解するためにはインドの修行者「サドゥ―」の思想と行動を知る必要があります。

俗世から抜け出た存在

インドの周辺にはバラモン(神官)とも違う、一風変わった宗教者が存在しました。

彼らは俗世との関りを絶ち(現代インドでも法的に死んだことにされる)、様々な修行法にて己の魂を浄化しようと試みる人々でした。

これがサドゥー(修行者、苦行僧)です。中国や日本の「仙人」のイメージともまた違った、インド独特としか言いようのない存在ですな。

修行者はどんなことをしてるの!?

さすがに現代サドゥーのあり方は詳しくないので、wikipediaを引用します。

・サドゥーとは、サンスクリット語、もしくはパーリ語で、ヒンドゥー教におけるヨーガの実践者や放浪する修行者の総称。日本語では「行者」「苦行僧」などの訳語があてられてきた。

・サドゥーはあらゆる物質的・世俗的所有を放棄し、肉体に様々な苦行を課すことや、瞑想によりヒンドゥー教における第四かつ最終的な解脱を得ることを人生の目標としている。

・服を着る場合は、俗世を放棄したことを示す枯葉色の衣服を身につけて数珠を首に巻く。「ナーガ」と呼ばれるサドゥーは衣服さえ放棄し、ふんどし一枚きりか、あるいは全裸で生活し、髪を剪らず髭も剃らず、聖なる灰を体に塗っている。

・サドゥーはヒンドゥー教で、独特で重要な地位を占めている。サドゥーは苦行により人々のカルマを打ち破るとされているため、今なお呪術や魔法を信じる人が少なくないインド社会で聖者として一定の尊敬を受ける存在である。

・サドゥーは決まった住所を持たず、各地のヒンドゥー寺院をはじめ、街角や河川敷、村はずれや森の中などあらゆる場所に庵を結んだり野宿したりしながら、さまざまな宗教的実践を行って毎日を過ごす。

・瞑想を行うものから、極端な禁欲や苦行を自らに課す者も多い。断食や、僅かなバナナだけで山中に籠もる、数十年も片手を高く挙げ続ける、何年も片足立ちを続ける、転がりながらインド大陸を横断する、柱の上で生活するなど、サドゥーの苦行には決まった形式がない。

出典 wikipedia

とあります。

お釈迦さまもまた「放浪の思想家」だった

言うなれば「放浪の思想家・宗教的実践者」といったところでしょうか。財産を持たず、その身一つでインド亜大陸を移動して回る自由人でもあります。

出家したのちのお釈迦さまもこのくくりに分類されます。彼もまた地位や財産を捨て、先生の下でサドゥーの修行法である「瞑想」を習っていたのです。

そして瞑想と並んで重要視されたのが「苦行」です。ちょっとその違いも見ておきましょう。

瞑想とは大ざっぱに言えば「一点に集中すること」

瞑想とは大ざっぱに言えば「何か一点に集中すること」です。たとえば心を鎮めて神に祈る、心を空っぽにする、目を閉じて深く思いをめぐらすなど色んな方法があります。

単に精神のリフレッシュとして行うものから、神を体感するため、究極の智慧(さとり)を得るためなど目的もまた多様です。

で、こうして何か一点に集中する瞑想行を続けるうちに、

心に変化が訪れる⇒「世界と自分の関わり方」が変化する

と考えられていたわけです。

外の情報をシャットアウトして、自分の内部に耳を傾ける

瞑想行は仏教だけでなくバラモン教、ヒンドゥー教、ジャイナ教などインドの諸宗教で実践されてきました。その起源はお釈迦さまの生まれるはるか前にまで遡ります。

その昔、古代の賢者は「我々人間は感覚器官(目、耳、鼻など)から常に情報が入ってくる」ことに気がつきました。

例えるなら雑踏の中にいて、常に周囲のざわめきに心を見だされている状態です。

これでは自分の心のあり方に耳を澄ますことができません。そのため森の奥など静かな場所に分け入り、外部の情報をシャットアウトして一点に黙考する。これが瞑想の基本です。

近年日本にも定着したヨガ、これも瞑想の一形態です。

詳しくはこちらもご覧ください⇒ヨガの4つのメリットとは?

苦行とは自分の身を痛めつけることで精神性を高めるもの

さて、一方に瞑想行があるとして、もう一方の(本来は対立するものではありませんが)苦行とはどのようなものなのでしょう?

ふたたびwikipediaより引いてみると、

・苦行(くぎょう)とは、身体を痛めつける事によって自らの精神を高めようとする宗教的行為。禁欲とも密接に関係し主立った宗教(仏教、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教、神道など)には共通して禁欲主義的な傾向が見られる。

・苦行を極めていくと、自らが死に至るまで苦痛を味わうという境地になる。この例が殉教の一種であり、仏教では「捨身行」という。日本では普陀洛渡海という形で表れたのが顕著なもの。

・脳科学によれば神経伝達物質にエンドルフィンというのがあり、これは一定以上の苦痛を受けると、それを緩和するために幸福感をもたらす作用があるといわれる。この説に従うと宗教者が苦行の果てに神や仏を見出す事に生物学的説明がつく。

出典 wikipedia

とあります。

お釈迦さまはどんな苦行を行っていたの?

苦行は肉体を痛めつけることで執着を断ち切り、宗教的な境地へ至ろうとする手段です。

では実際にお釈迦さまはどのような苦行を行ったのでしょうか?当時行われていた苦行を例に挙げると、

・森の樹木や果実しか食べない。あるいは極端な食事制限(断食)

・腰布一枚だけで暮らす。あるいは全裸で暮らす

・屋根のある場所に入らない。直射日光に当たり続ける

・立ったまま、あるいは寝転がったまま暮らす

・言葉を発してはいけない(無言の行)

・・・などの種類があります。お釈迦さまもまたこうした苦行生活を6年間もの間続けていたと言われています。

実際、バキバキに修行をやりこむと「無敵感」はあるんですよね

一定以上の苦行を続けると脳内物質の興奮作用で幸福感がもたらされる。これは自分(天狗堂)の実体験からも肯けるものがあります。

いや…たしかにハードな修行をやりこむと、なんというか一種の「無敵状態」になった気分が味わえることは確かなんですよね。。

しかし、お釈迦さまがこの作用を求めて苦行を行っていたのか…と言うと、どうも違うような気がします。

お釈迦さまはあくまで「生老病死といった自分の心にある苦しみ」を解決するために動いていたのであって、ただ「超人的な体験」を求めていたわけではないからです。

苦行によって「執着」を断ち切る!!

ではなぜ苦行が「自分の心にある苦しみ」を絶つことにつながるのでしょう?

それは人のこころにある「執着」こそが苦しみを生むと考えられてきたからです。

一番わかりやすいのがお酒ですね。酒は飲めば楽しく、一時的に辛いことも忘れさせてくれます。

ですがそれは「物事を直視する」ことから逃げているだけ、ともいえます。

執着があるからこそ苦しみも生まれる

たぶん皆さんの周りにも酒癖の悪い方が一人ぐらいはいるんじゃないでしょうか?

酒を飲むことで乱暴になり、お金を使い果たし、周囲から孤立していく。こうして人はますます不幸になっていくのです。

それもこれも全ては「お酒の快楽に執着している」からこそ起こる問題です。

であるならば「すべての執着を無くした状態」であれば苦しみは発生しないのではないか?と古代インドの賢人たちは考えました。

苦行は「すべての心地よさ」を手放すことで執着を無くすという方法論

苦行とはこの「すべての執着を無くす」ためにあります。

あらゆる贅沢、社会的立場、身体に心地よいもの。これらを捨て去ることで執着を断ち切り、真実を掴もうとする修行法なのです。

お釈迦さまもこの「執着を滅する」ために自分の肉体を痛めつけていました。

その期間は六年間にも及びます。

その間に身体はやせ細り、頬はこけ、骨と皮だけという有様になりながら、お釈迦さまは必至で「執着を断ち切ろう」と努力します。

お釈迦様、突然の方針転換!!苦行を中断する

しかし!!ある日のこと、お釈迦さまは突然「苦行ね、これ意味ないことがわかったわ」と言い、それまでの修行を放棄してしまいます。

そして栄養たっぷりの食事を召し上がり、涼しい樹の下に座って黙想をはじめます。

これは、それまでの六年間の努力を無駄にするような行いだと言えるでしょう。

ところが、お釈迦さまはその黙想中「真実が見えた。もう迷うことはない」と観じ、悟りを開いてしまう(成道)のです。

こうして神経症的なガウタマは、「悟りを開き真実に目覚めた人」仏陀となるのです。

この間のお釈迦さまの心境こそ仏教の核心!?

・・・これってよくわからない話ですよね?

・なぜお釈迦さまは「苦行意味ない」と思ったのか?

・「これでは自分の苦しみは解決しない」と思った瞑想でなぜさとりが開けたのか?

・この間のお釈迦様の内心に何が起こっていたのか?

よくある「お釈迦さまの生涯」みたいな話には、ここん所がまったく書いてありません。

ですが、この「苦行の中断~成道まで」の期間が仏教のもっとも核心的な部分であることに間違いありません。

ひょっとすると「すごい人」だから悟りを開けたのでしょうか?

たとえばこういう考え方もできます。

「お釈迦さまはすごい人だから(´ω`*)

たぶんすごいひらめきがあって、ビビッとわかったんだよ(‘▽’*)✧˖°」

それはそれで考えとしてはアリです。ですが、そう考えるとこの後のお釈迦さまの行動が説明つかなくなってしまうのです。

悟りは才能ではなく「誰にでも再現可能なもの」

お釈迦さまはさとりを開いたのち、自分の掴んだ方法論を人々に説いて回っています。

これは、

「私の悟った真理は難しいだろうが、理屈の上では誰にでも再現可能なものだ」

と考えていなければ説明がつきません。

もしも悟りが才能によるものならば、わざわざ誰にでも説いて回ったりはしませんよね?

つまり、お釈迦さまは何か思う所があって苦行を中断し、その延長線上に「瞑想~成道」に至る流れがあった、ということになります。

一体このころのお釈迦さまは何を思っていたのか?これこそが仏教の核心部分につながってくるのです。

ってなことで、今回の話はおしまいっ!!

次回、お釈迦さまは何を考えていた?仏教の悟りの真実に迫る!では、釈尊が悟りを開く直前に考えていたことを考察していきます。

ではでは~!!

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