自己肯定感を爆アゲする最強の方法を紹介する!!




やあ、天狗堂です。

「自分をちゃんと認めることができない・・・」とお悩みの方、そんなに少なくないと思います。

対人関係であれ、仕事のトラブルであれ、ついつい「自分は価値のない人間だ・・・」と落ち込むことはないでしょうか?

ある時、こうした自己肯定感の低さを解消するとっておきの方法が紹介されていました。

「自己肯定感を爆上げするためにもっとも手っ取り早い方法として、何千年も前から人類に受け継がれてきた奥義をお教えしましょう。自分よりも困っている人の助けになることです」

「人を助ければ助けるほど精神の安寧が得られるの、社会的動物としてほんとによく出来たプログラムだと思いますね」

「まあ、他の麻薬と同様に用法容量を誤ると依存症になるのは永遠の課題ですが、その辺は何千年間、何十億人の人体実験を重ねて「適量」を計ってきた各伝統宗教などの蓄積を参照したりしながら、様子を見ていきましょう」

・・・いかがでしょうか?

つまり「人の役に立つこと」は自分を認めることにつながるわけですね。

昔から人助けが自分の役に立つことはよく知られていたようで、世界各地に「○○な人には親切にしてあげること」といった教えがあります。

人は社会的動物だから「社会の役に立った」経験が肯定感につながる

しかしなぜ、誰かを助けることが自分の存在を認めることにつながるのでしょうか?

それは文中にもある通り、人間が「社会的動物」だからです。

社会をつくる動物は他にも馬や羊、サルなどがいますね。群れをつくって行動する動物のことです。

こうした動物は誰かに命令されて群れをつくるわけではありません。遺伝子に組み込まれた情報によって「なぜだか自然に」社会をつくるのです。

人間もそれと同じ。社会の中で生きることを宿命づけられた生き物なのです。

だからこそ、他の人間を助けることで「社会に必要とされている」と感じることができる。生きる実感とはこのようなものかもしれません。

人助けもやりすぎには注意!!

ですが、文中でも言われている通り「過剰な摂取は危険」です。

人間というのは基本「自分のために」動く生き物です。

どんな良い行いであれ、その使い方を誤れば「人助けのために“困っている方”を作りだそう」という発想に傾いてしまいます。しかも恐ろしいことに、本人にはほとんど自覚がありません!!

・・・そこで「伝統宗教の蓄積などを参考にしよう」となるわけです。

お金がなくてもできる!!仏教の教え「無財の七施」

仏教で蓄積に当たるものとしては“無財の七施”という教えがあります。布施とはお金がある人がない人に施すものばかりとは限りません。

この無財の七施がどんなものか解説していきます。

無財の七施その一:眼施

眼施とは優しい目、慈しみの目でものを見ることです。

目というのは力の強いもので、眼差しと呪いを関係づける文化はたくさんあります。 優しい目をするのはその逆で、人に温かい気持ちを施すおこないです。別名「慈眼施」とも呼ばれます。

無財の七施その二:和顔施

和眼施とはいつもニコニコした顔をしている、という意味ですね。

明るい顔で皆と接すればそれだけで布施になる、逆に言えば暗い顔、怒った顔は常に他人にマイナスな影響を与え続けているということでもあります。 別名は和顔悦色施ともいいます。

無財の七施その三:愛語施

愛語施とは優しい言葉、穏やかな言葉を使うということですね。

特に大切なのが叱るとき、イラッとした時。感情に任せるとつい汚い言葉を使いがちです。 自分の中で何が問題かを整理した上で口を開くと良いでしょう。

無財の七施その四:身施

身施とは自分の体をつかって奉仕することです。

気をつけてほしいのが、これは自分を捨てて他人に奉仕しろという意味ではないことです。それでは他人に搾取される標的となってしまうのでご注意ください。

「テーブルのしょうゆを取ってあげる」「荷物を持ってあげる」程度のちょっとしたことの積み重ねです。 自分のすき間時間をシェアする、という感覚が妥当かもしれませんね。

無財の七施その五:心施

これは「他人の気持ちに寄り添うこと」です。

なにかショックなことがあった時、悲しい時、誰かが共感してくれれば人の悲しみは和らぎます。

とはいえどっぷり依存するのは意味が違います。 あくまで自分の立ち位置から離れないまま、それでも他人を思うバランスが重要だと言えるでしょう。 別名は心慮施。

無財の七施その六:壮座施

壮座施とは簡単に言えば「席を譲ってあげること」です。

ここで言う席とは物理的なものばかりではありません。たとえばカラオケのマイクをいつまでも握っているのではなく、人に譲ってあげる。

他人にも光が当たるよう配慮し、プラスとなる心配りをすることが壮座施の本質です。

無財の七施その七:房舎施

房舎施とは旅の人に泊まるところを提供することを指します。

転じて、雨水を防ぐために自分のスペースをシェアすること。あるいは物理的なものばかりではなく、困っている方に身を守る場所や力を分けてあげることが房舎施の本質だと言えるでしょう。

壮座施が他人にプラスになるよう心を配ることだとすれば、房舎施は他人をマイナスな影響から守ってやることだと言えるでしょう。

無財の七施をこうまとめることもできます

いかがだったでしょうか?

七施を要素別に分類すると、

・眼施・和顔施・愛語施→良いコミュニケーション

・身施・心施→時間や気持ちのシェア

・壮座施・房舎施→立場や場所のシェア

と分けることができます。

人に親切にすることは自分のためでもある。ただし無理は禁物

無財の七施はどんな人でも実践できる他人への助けです。 高い能力や財産は必要ありません。どんな立場の方でもこれを意識することで自己肯定感を高めることができるでしょう。

しかし「困っている人」を求めるのはご注意を!!!!

自分がたまたま出くわした方に気持ちよく接する。無理はしない。これが「無財の七施」の極意だと言えるでしょう。

ではこんなところで。







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